スマホがあれば時間の確認は簡単にできる──そんな時代に、わざわざ高級腕時計を持つ意味はあるのだろうか。
大学時代の友人の言葉がきっかけで、「時計はいらない」という考えが頭をよぎった。
だが、職場の上司が身につけていた一つの腕時計が、その思いを大きく揺さぶることになる。
時間を知るための道具ではなく、「時を纏う感覚」とは一体何なのか?スマホ全盛時代にこそ見直したい、高級腕時計の存在価値に迫る──。
高級腕時計はいらない? – その問いが生まれた日
「今時、時計なんていらないよな。」
そう言ったのは、大学時代の友人だった。彼の手首には最新のスマートウォッチが光っている。
「これさ、一台で電話もできるし、メールも読める。アプリでいろいろ管理できるし、時計なんてもう完全に時代遅れだろ?」
私は黙って頷きながら、自分の手首を見た。そこには何も巻かれていない。彼の言葉は正しい。時計がなくても時間はスマホで確認できる。正確な時刻を知りたいだけなら、何も高級腕時計なんて必要ない。
だが、その言葉が頭に引っかかった。
高級腕時計とスマートウォッチ – どちらが必要?
数日後、職場の上司が会議中に腕時計をチラリと見た。彼の手首には、どこか見覚えのあるロレックスが光っていた。
「この時計、父から譲り受けたんだよ。」
そう言う上司の顔には、普段は見せない柔らかな表情が浮かんでいた。時間を確認するだけならスマホで事足りる。それなのに、なぜ彼は古びたロレックスを今でも使い続けているのだろうか。
「それって、高級時計ですよね?」
「まぁ、そうだな。でも、これはただの時間を知る道具じゃないんだ。」
上司の視線は時計に向けられていた。まるでそこに、時間の流れそのものが詰まっているかのように。
高級腕時計を持つ理由 – 単なるステータス?
「結局さ、高級腕時計ってただのステータスシンボルだろ?」
友人の言葉が再び頭をよぎる。確かに、街中を歩けば高級ブランドの時計を誇示するように腕を見せびらかしている人もいる。
「でも、俺にはそんな高級時計を持つ理由なんてない。」
そう言い聞かせるものの、頭の中には上司の時計が浮かんでいた。彼の時計は確かに高級だが、それ以上に彼の時間を刻んできた証のように見えた。
時計が要らないのは確かだ。でも、高級腕時計が要らないとは言い切れない気がする。
その夜、私はネットで高級腕時計のレビューを読み漁った。「不要なものなのに、なぜこんなにも人を惹きつけるのか?」
気づけば夜中の2時を回っていた。
時計が教えてくれたこと – 時を纏うという感覚
数日後、私は再び上司に声をかけた。
「その時計って、なんでまだ使ってるんですか?スマホで時間はわかるのに。」
上司は腕を組み、時計を見つめながら言った。
「これはさ、ただの時間を知るためのものじゃないんだ。父親が初めて社会人になったときに買った時計で、俺が昇進したときに譲ってくれたんだよ。」
私はその話を聞いて、何かが胸の奥で引っかかった。
「時計がいらないって思ってたけど…時間そのものを纏う感覚って、こんなものなのか?」
その帰り道、私は時計店のショーウィンドウの前で足を止めた。
ロレックス、オメガ、タグ・ホイヤー──どれも高級感に溢れた時計たちが整然と並んでいる。
でも、その中で一つだけ視線を奪われた時計があった。
「これが、時を纏う感覚か…。」
スマホでは味わえない重み
翌日、休日を利用して時計店に足を運んだ。
店員が近づいてくる。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「いや、特に買うつもりはないんです。ただ…時計って、必要なのかなと思って。」
店員は微笑みながらショーケースを指差した。
「こちらのモデル、試着してみますか?」
差し出されたのはシンプルなデザインの機械式時計。
手に乗せた瞬間、その重みが手のひらに伝わる。
「これが…時計の重み?」
針が静かに時を刻んでいる。スマホでは決して感じられないこの感覚。
腕に巻くと、自分の時間を纏っているような気がした。
「時計はいらない。でも、時間を纏う感覚は…悪くないな。」
店を出た後も、手首に残るあの重みが心に焼きついていた。
結論 – 時計はいらない?
それからしばらく経った。私は相変わらずスマホで時間を確認し、時計店の前を通り過ぎる日々を過ごしていた。
ある日、上司がふと私の席にやってきた。
「お前、この前時計がいらないって言ってたけど、どうだ?まだそう思うか?」
私は少し考えてから答えた。
「たしかに、時間を知るだけならスマホで十分です。でも…あのとき腕に巻いた時計の重み、あれはスマホじゃ感じられないものでした。」
上司はニヤリと笑って腕時計を見せた。
「俺も最初は時計なんていらないと思ってた。でも、これを手にした瞬間、その考えは消えたよ。時間を纏うってのは、単なる便利さ以上の意味があるんだ。」
私はその言葉にハッとした。
「時間を纏う…か。」
あの時、腕に巻いた時計の重みが手首に蘇る。
時計はたしかにいらない。だが、時間を纏うという感覚は、手にした者だけが知る特権なのかもしれない。
「俺もいつか、自分の時間を纏う時計を手に入れる。」
そう心に決めた瞬間、目の前の時計店のショーウィンドウに映る自分の姿が、少しだけ変わって見えた気がした。