「腕時計なんて時間が分かれば十分だろ?」
社会人2年目の冬、先輩の何気ない言葉が私の心に引っかかった。スマホで時間を確認できる時代に、高級腕時計を持つ意味とは何か。
ボーナスで手が届きそうな価格帯に目を奪われながらも、その重厚な存在感に圧倒される。
時計の針が刻むのはただの時間ではなく、手にした瞬間から始まる「自分の時間」。
高級腕時計の価格と重み、その意味に初めて触れた瞬間とは──。
高級腕時計との出会い – 社会人の転機
私が初めて高級腕時計に興味を持ったのは、社会人2年目の冬だった。ボーナスが出て、それまでの貯金もそこそこ溜まってきた頃、職場の先輩が突然言った。
「お前、そろそろ腕時計くらい持てよ。男の価値は腕時計で決まるって言うだろ?」
言われて初めて、自分の腕に何も巻かれていないことに気づいた。時計なんてスマホで見ればいい。そう思っていたが、先輩の言葉が妙に耳に残る。
「腕時計って、どのくらいの価格帯からが“高級”なんですかね?」
「安くても数十万円、普通ならもっと、それ以上もザラだな。」
数十万円から数百万円──。その数字を聞いた瞬間、私は無意識にポケットの中の財布を握りしめた。
ショーウィンドウに輝く時計 – 惹かれる瞬間
その日の帰り道、繁華街のショーウィンドウに輝くロレックスのサブマリーナが目に入った。ケースの中で堂々と鎮座するその姿は、まるで『お前にはまだ早い』とでも言いたげだ。
「時計なんて時間が分かればいい。」
そう自分に言い聞かせて、その日は店の前を素通りした。しかし、その夜、布団の中で目を閉じてもサブマリーナの輝きが脳裏から離れなかった。
初めての時計店 – 目に映る高級時計たち
翌日、仕事が終わると足は自然と時計店に向かっていた。ガラス越しに見るロレックスは、やはり堂々たる佇まい。隣にはオメガのスピードマスターも並んでいる。
「いらっしゃいませ。」
店員が声をかけてくる。冷静を装って答える。
「ロレックスって、価格帯はどのくらいなんですか?」
「こちらのサブマリーナは、いわゆるエントリーモデルとして人気の価格帯です。」
それは私のボーナスが一気に吹き飛ぶような額だった。だが、問題はそれだけではなかった。
「では、このスピードマスターは?」
「こちらも手の届きやすい価格帯ですが、それでも一線を画す存在感があります。」
手の届きそうで届かない価格帯。それでも隣に並ぶロレックスと比べると妙に控えめに感じてしまう。
「いや、待て。これでもまだ手が届かないんだ。」
財布の中にある現金はわずかだった。通帳の残高を見なくても、現実は明らかだった。とてもじゃないが、この価格帯の時計なんて買える状況じゃない。
手に取った瞬間 – 重みを感じる
「でも、腕に巻くと人生が変わる。」
そう言ってスピードマスターを手に取った瞬間、まるで背中を押されるような感覚がした。腕に巻いた瞬間、その重厚感が肌に伝わる。
「これが高級時計か…。」
でも、私の目はその瞬間、隣に並ぶロレックスに釘付けになっていた。
「すみません、このロレックスも試着していいですか?」
店員は快く承諾し、サブマリーナを手渡してくれた。手にした瞬間、そのズシリとした重みが伝わってくる。
初めての重み – 時計の存在感
店員が手渡してくれたサブマリーナを手に取った瞬間、その重厚な重みが手のひら全体に伝わる。冷たいステンレスの感触が徐々に体温と同化していく。
「これは…。」
針が静かに動き出す。そのスムーズな動きは、まるで生きているかのようだ。時計の裏側を覗くと、ガラス越しに複雑に絡み合うギアが見える。
「これが、機械式時計の鼓動か。」
心臓が高鳴る。これまでただの道具だと思っていた腕時計が、今はまるで別のものに見えてくる。
「時間を知るだけじゃない。この時計には…時間そのものが詰まっている。」
一瞬の静寂。店内の時計たちが一斉に時を刻む音が耳に響く。
店員が微笑んで言った。
「時計は時間を教えるだけでなく、その持ち主の時間も刻むんです。」
私はサブマリーナをそっとケースに戻した。手のひらには、まだあの重みが残っている。
「これが、高級時計の存在感か。」
時計の重みは、価格以上に、時間そのものの重さだった。
現実を見つめる – 冷静になった夜
その夜、私は自宅のソファに沈み込んでいた。手には時計店でもらったパンフレットが握られている。パンフレットをめくるたび、魅力的な時計の写真が目に飛び込んでくる。しかし、それらは現実とはかけ離れた世界のように感じられた。
「このクラスの時計なんて、手が届くわけがない。」
だが、それでも心の奥底にはまだ燻るものがあった。
翌日、私は再び時計店を訪れた。前回の店員が私の顔を見て微笑む。
「またお越しになったんですね。気になるモデルがありましたか?」
「いや、まだ決められなくて…。」
私はそう言いながら、再びショーケースの前に立つ。そこには昨日と同じ時計たちが鎮座している。手を伸ばすことすらためらってしまう圧倒的な存在感。しかし、どうしても視線が逸れない。
「触れてみますか?」
店員が差し出した時計は、私が前日に手に取ったスピードマスターだった。手に乗せられた瞬間、その重みがずしりと響く。
「これが…時を纏う感覚なのか。」
その感触を確かめるように、私はじっと針の動きを見つめた。
憧れと現実 – もう一度考える
店を出ると、目の前を最新型の高級車が通り過ぎる。運転席には自分と同年代くらいの男性が座っている。彼の腕にも、しっかりとした時計が光っている。
「持つ者と持たざる者の差か…。」
だが、心の中で何かが囁く。
「本当に、時計が自分の価値を決めるのか?」
スマートフォンを取り出し、画面を見る。そこに映る時間は、誰が見ても同じ数字。しかし、機械式時計が刻む時間は、持ち主の歴史そのものなのではないか。
「いつか、必ず。」
私は自分に言い聞かせるように呟いた。
決断の時 – 自分の時間を刻む
数日が経過した。時計店の前を通るたびに、ショーウィンドウに映る自分の姿が気になって仕方がない。
「手に入れるのは無理かもしれない。でも、諦めたくない。」
そう自分に言い聞かせ、再び店の扉を開けた。店員が私の顔を見て、穏やかに微笑む。
「いらっしゃいませ。またお越しになりましたね。」
「ええ。まだ決められなくて。でも、今日は決めに来ました。」
店員は静かに頷き、ショーケースの奥からスピードマスターを取り出した。手渡された瞬間、その重みが再び手のひらに伝わる。
「これが…俺の時間だ。」
針の動きをじっと見つめる。機械式時計の針は、ただ時間を刻むだけではない。その一秒一秒が、自分の決意を形にしていくように感じられた。
「この時計、買います。」
自分の声がやけに大きく響いた。店員は満足そうに微笑みながら、レジに向かう。
財布を取り出し、支払いを済ませる。その瞬間、今まで感じたことのない達成感が胸に広がった。
「これでようやく、自分の時間を手に入れたんだ。」
手首に巻かれたスピードマスターは、まるで自分の心臓の鼓動と同調しているかのように、静かに時を刻んでいた。
「これが、時を纏う感覚なのか。」
店を出ると、空には夕日が赤く染まっていた。その赤い光が、手首の時計のガラスに反射して輝いていた。
エピローグ – その後の日常
時計を手に入れてから数週間が経った。朝、目を覚ますと枕元にはスピードマスターが静かに時を刻んでいる。
「おはよう、今日も一緒に行こうか。」
腕に巻きつけるたび、手のひらに伝わる重みが心地よい。まるで時計が自分に語りかけてくるような感覚だった。
通勤電車の中でも、仕事中でも、ふとした瞬間に時計を見るたび、購入を決意した日のことが脳裏に浮かぶ。
「これが、俺の時間なんだ。」
時刻を見るたびに、ただの数字以上の意味がそこに刻まれているような気がしてならない。
ある日、ふと友人に会った。
「お前、腕時計なんか買ったのか?高そうだな。」
「まぁね。でも、これはただの時計じゃないんだ。俺の時間そのものなんだよ。」
友人はキョトンとした顔をしていたが、私は胸を張って言った。
「俺はこれからも、この時間を刻み続けるよ。」
時計の針が静かに動く音が、心の中で響いている。
その音はまるで、これからの人生を刻むリズムのようだった。
時計はただのアクセサリーではなく、人生そのものを刻むもの。あなたも自分の時間を纏ってみてはいかがでしょうか?